【第4回】孤独なネーム作りを通じ、成長を実感 『SKET DANCE』『彼方のアストラ』『ウィッチウォッチ』篠原健太先生に聞いてみた

修行僧のように、脇目も振らず漫画と向き合ってきたという篠原先生。漫画家を目指す人がするべき、大事なことを教えてくれた。

2024/04/27


――漫画家になってよかったと思うのは、どんなときですか?

篠原
先生

こういうときに、というのはないですが、毎日しみじみと感じています。つらいのは、休みがないことくらい。ゲーム会社時代も含めて、仕事を嫌だと思ったことは一度もないです。やりたいことをやれているのは、本当に幸運なこと。漫画家って、子どもから大人まで幅広い年齢の人が触れるメディアを、話から絵まで、ぜんぶひとりで考えて表現する特殊な仕事だと思うんです。そこにうまく入り込めてよかった。人生の分岐点で違う道も選べたかもしれませんが、いまの人生が気に入っているので、後悔はいっさいありませんね。

 

――漫画家を目指すうえで、いちばん大切なことはなんだと思いますか?

篠原
先生

結果論ですけど、僕はいい感じに孤独な環境にいられた気がするんですよね。同じ担当編集に見てもらい、修行僧のようにひとりでやっていた時期にすごく成長を感じることができた。『銀魂』時代の仲間とは仲が良いですけど、誰にも、それこそ空知さんにも自分の漫画は見せたことはないんですよ。漫画を見てもらうのは担当編集に一本化していたんです。すぐにSNSで繋がれるいまの時代だと、なかなか難しいでしょうね。「寿司屋に修行は不要」みたいな意見がバズったり、きつい働き方を否定する風潮もあったりしますが、なにが正解かは分からないですけど、僕は脇目も振らずひとつのことに集中する時期はぜったいに必要だと思っていて、その期間は仲間や慰めといった場所は要らないと思うんです。

 

――愚痴や慰めは、時間の無駄という感覚でしょうか?

篠原
先生

愚痴を言いたくなる気持ちはよく分かりますよ。自信満々だったものを否定されるのは本当に落ち込む事なので。ただそもそも編集は「ジャンプ」を売ろうとしている社員で、新人に意地悪をするわけがないんですよ。でも、若くて“漫画の素人”であればあるほど、自己評価が高くて、作品を描いた直後は「これ、ぜったい載るでしょ!」と思いがちなんです。編集や漫画賞審査員たちの見方と、ギャップが大きいんですよね。成長して客観性が出てくると、描きながら「これはウケなさそう」とか「なにか言われるな」と分かってきて、だんだんそのギャップが縮まってくるんですけどね。だから、“漫画の素人”で自己評価が高い時期に必要なのは、プロの編集者であって、同じ立場にいる漫画仲間ではないと思うんです。

 

――とくに会社勤めの経験が生きたなと感じた出来事はありますか?

篠原
先生

担当編集との関係や状況を、ビジネス的な視点で捉えられたことだと思います。さっき言ったように「編集が自分に冷たい」と嘆く新人はいるかもしれませんが、僕はそれを「自分が面白くないせいだ」という考え方にシフトできた。自分に実力があれば編集の態度も変わると思っていたし、相手は漫画を売るために仕事でやっているプロなんだと、集英社側の立場で考えることもできた。自分がゲーム会社でエンターテインメントを作って、売って、ユーザーに喜んでもらえたという経験が、そういう考え方につながったのかもしれません。

 

――社会人経験を経てから漫画家を目指すことの強みは、どこにあると思いますか?

篠原
先生

「なにかを経験した強み」は、一概には言えないかな。たとえば僕がゲーム会社の漫画を描くなら、会社員時代は大いに役立つだろうし、同じように元警察官が警察の漫画を描くなら、これ以上ない武器になるとは思うけど…。僕は会社員時代に3Dに携わっていたので、漫画に3Dを入れるのに抵抗がなかったし、チームでものを作っていた経験があるから、アシスタントに指示を出すのもスムーズにできた。そういう細かい強みはあるかもしれません。一方で、その間ずっと漫画を描いていなかったので、絵ではだいぶ苦労しました。漫画の絵って、漫画を描くことでしか上達しないんです。いくらデッサンを学んでも、毎日毎日漫画の絵を描いている人には敵わない。だから、スタートがすごく遅れたなという後悔もある。おかげで尻に火がついている自覚を持てたから、「だらだらしたり、娯楽に逃げ込んだりしている暇はないぞ」という意識でストイックにできたんですけどね。これは脱サラという環境が大きかったと思います。

 

――社会人から漫画家を目指すみなさんに、応援メッセージをお願いします。

篠原
先生

いまはSNSからデビューする人もいますし、web漫画などの媒体や漫画賞も多く、チャンスがすごく増えたと思います。社会経験や年齢に関係なく、特殊な経験を絵で表現できる人なら、出版社から声がかかることもあるかもしれません。「面白い漫画を描けばデビューはできる」というフェアな時代にはなったけれど、逆にいろいろな言い訳はできなくなったと思います。また、ネームを描くというのは、ものすごく特殊な技能です。その技能があるなら、年齢を理由に尻込みせず、挑戦してみてほしいですね。気にするのは、いま現在の実年齢ではなく、「漫画年齢」だと思いますので。

 

――「漫画年齢」とは?

篠原
先生

漫画を本気で描いてきた年数ですね。漫画年齢だけ重ねて芽が出ないでいる人こそ、一度自分に才能があるかどうか見極めたほうがいいと思います。自己評価はあてにならないので、まずは出版社に飛び込んで、編集さんに作品を見てもらうことをおすすめします。編集さんはビジネスでやっているプロだから、その人に実力があるかどうか、正しく見抜いてくれます。「諦めてほかの道に行ったほうがいい」、「会社勤めをしながら挑戦し続けよう」、「仕事を辞めて漫画に集中すべき」とか、自分では難しい判断も編集さんはできます。とにかく、行動しなきゃなにも始まりません。僕は転職して札幌に行ったことも、退職して漫画に専念したことも、ぜんぶあのとき行動してよかったと思っています。いまは、漫画家を目指すのに上京する必要はないし、地方で連載している作家さんもいます。漫画家という夢はコストがかからず、評価されやすい時代になりました。行動を起こすことに、なにも恐れる必要はないと思います。
  1. 【第1回】子どもの頃から、漫画家に憧れていた
  2. 【第2回】ゲームシナリオも手がけていた会社員時代
  3. 【第3回】リミットを2年に設定し、本格的に漫画家を目指す
  4. 【第4回】孤独なネーム作りを通じ、成長を実感

篠原健太先生 shinohara kenta

漫画家。『赤マルジャンプ』WINTER号掲載の「レッサーパンダ・パペットショー」にてデビュー。2007年〜2013年、週刊少年ジャンプで『SKET DANCE』連載。2016年〜2017年、少年ジャンプ+で『彼方のアストラ』連載。2021年2月〜週刊少年ジャンプで『ウィッチウォッチ』連載中。

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