『銀魂』空知英秋先生インタビュー 『銀魂』空知英秋先生に聞いてみた

漫画家は最初が一番キツい

2022/08/04


昨年出版した「描きたい!!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方」の作家アンケートの質問「漫画を描き始めた頃に一番知りたかったことはなんですか?」で、空知先生は

「プロがスタッフと一緒に原稿を仕上げる時間や作業量の話はよく目にしますが、一人で原稿を仕上げる大変さに触れる情報が少なく感じました。ほとんどの新人が最初は一人作業から始まるにもかかわらず。その圧倒的な作業量と時間に心が折れ、原稿を完成させないまま諦めてしまった新人がたくさんいると思います。心構えの意味でもそこへ向けた発信も必要だと思います。僕の場合最初の原稿は半年近くのたうちまわってました。漫画家は最初が一番キツいです。」

と回答していました。
そこで今回、空知先生にメールインタビューを依頼。担当たちも初めて聞くような、漫画を描き始めた頃のことを話していただきました。空知先生といえば、当時(2002年6月)の月例漫画賞受賞作「だんでらいおん」で颯爽と現れ華麗にデビューした…と銀魂ファンには思われていますが、実はその前に投稿した作品もあったようで…?

 

◯まず、「漫画賞に投稿しよう」と思うまでの流れを教えてください。

空知英秋

空知
先生

幼い頃から漫画家になる夢は漠然と持ってたんですが、なんせGペンも容易に手に入らないド田舎に住んでたもんで、鉛筆でノートに漫画っぽいものを描いたりはしてましたが、ペンを使って実際に原稿を描くまでにはなかなかいたりませんでしたね。部活まみれの生活を送るうちに漫画からもなんとなく遠ざかり、でも一度も漫画に本気で取り組まないまま終われない思いもあって、大学の時にようやく夏休みを利用して一本漫画をちゃんと描こうとなったんです。それが最初の投稿ですね。

 

◯「投稿しよう」と思ってから、まず何をしましたか?

空知英秋

空知
先生

普段から大学の講義中によく漫画の構想みたいなもんを妄想してたので、とりかかった時には確かネタもネームらしきものも出来上がってた気がしますね。その頃は企画やネームへの意識が低くて適当にやってたんでしょうね。だからあまり記憶にも残ってないんじゃないかな。鳥山明先生の「ヘタッピマンガ研究所」を読み倒していたので、そこで得た知識だけを頼りに道具を揃えて、とにかく四の五の言わずに描いてみよう、飛び込んでみようと。戦略も何もなかったですね。投稿しようとか賞を取ろうってよりは、まず自分に本当に漫画が描けるのか、原稿を一本完成させられるのか、試してみようというカンジだったと思います。

 

◯1作目を描き始めるところから、完成までの苦労、思い出を教えてください。

空知英秋

空知
先生

描き始めも完成させた時の事も正直覚えてないというか、初めての漫画の制作体験が強烈すぎて、細かい記憶が吹き飛んでます。敗北感しか残ってませんね。実際に原稿に取りかかって初めてわかるその膨大な作業量、思う通りに使いこなせない道具。足りない背景資料。理想の絵と現実の絵のギャップ。ゴミのように失われていく時間。もう内容云々なんて考えてられなかったです。折れかかった気持ちを奮い立たせて原稿に向かうだけで精一杯。ショックでした。自分の思い描いていた理想と現実との差が。「俺のやりたかった事って、こんな面倒臭いもんだったの」って。

 

◯どれくらいの期間で完成しましたか?

空知英秋

空知
先生

それもあまり覚えてなくて。ただ予定してた夏休みは一瞬で使い果たしたのは覚えてます。タイムスリップしたんかってくらい時間があっという間に消えていきましたね。

 

◯新人作家さんは、アナログ作画の場合だと漫画特有の道具(つけペン、トーンなど)に戸惑う話をよく聞きますが、空知先生はどうでしたか?

空知英秋

空知
先生

僕はつけペンが全然ダメでした。前述した通り鉛筆というかシャープペンで漫画らしきモノは書いていたんですが、つけペンはもう全くの別物でしたね。鉛筆の絵は線が複数重なってできているので、ある意味ごまかしが効くんです、見る側が複数の線から最適解を勝手に補完するので。でもペンだとそうはいかない。一本の線を選んでインクできっちり描かなきゃいけない。その線を一本に決める作業がホントに苦手で、鉛筆で描いた下書きが上手くいっても、そこにペンを入れた途端全然違う絵になってました。
というか今でもペン入れは嫌いですね。下書きよりいい絵、ペン入れができたことはないです。やっぱり脳内で補完した線には勝てないです。

 

◯描いていて一番辛かった作業は何でしたか?

空知英秋

空知
先生

ダントツ「背景」です。漫画を読んでる時は気にもとめない、一瞬しか目にしない記号的な絵を、膨大な時間と手間をかけて描かなきゃいけないという事に気づかされて、ホント愕然としましたね。やっぱりほとんどの人はキャラクターが描きたくて漫画を描き始めてるわけじゃないですか、そこではない所で一番労力と時間が奪われることが辛くて仕方なかったです。もちろん背景もなくてはならない漫画の大事なピースの一つなんですけど。「こんだけ頑張って進んだのコレだけ?」みたいな。ワリに合わない感が強い作業なんですよね背景は。

 

◯完成した1作目の自己評価はいかがでしたか?

空知英秋

空知
先生

ラーメン屋が裏稼業で妖怪退治してるって話だったんですけど、実はコピーすらとってなくて、20年以上前に描いたきりなんで内容ほぼ覚えてないんですよ。多分締切日ギリギリまでやっててコピーしに行く暇すらなかったんでしょうね。根性だけで仕上げはしたけれど「俺…漫画家無理かも」ってなってました。達成感ゼロです。

 

◯提出してから結果が出るまでどんな心境だったのでしょうか?

空知英秋

空知
先生

とはいえもしかしたら…と淡い期待も抱いてましたね。でもなんの音沙汰も連絡もなかったんで、郵便配達の人が原稿運んでる時に事故って死んだんだなって思うことしてましたスミマセン(笑)。とにかく致命傷にならないように、完全に心が折れてしまわないように必死にごまかして受け止めてました。

 

◯1作目が落選という結果を知って、2作目に活かしたことはありましたか?

空知英秋

空知
先生

俺の才能が見抜けないとは、さてはジャンプ編集部相当無能だな(笑)とか自分を守ってはいましたが、当然実力不足で落選したのは痛感してましたから、「じゃあアイツらでも読みやすくするために、次は話を短くまとめよう」とか、「バカでもわかるように、自分の得意なところ、見せたい部分をもっと自覚的に打ち出そう」とか、姿勢は最低ですが徐々に読み手を意識して考えるようになりましたね。何となく描いていたんじゃ読者には何も伝わらない、描き手は描き出すもの全てに自覚的じゃなければいけないと、ここでようやく気づきました。
あとは自分の武器と弱点をしっかり自覚して、描くものと描かないもの、こだわるものとそうじゃないものを決めましたね。弱点を克服している時間はないんで後回し、まずは見せたい物をしっかり見せようという作戦です。

 

◯1作目を描き始めるところから、完成までの苦労、思い出を教えてください。

空知英秋

空知
先生

ここからだなと思いました。
一作目はただただ翻弄されて終わったけれど、今回の漫画の作り方はいい意味でも悪い意味でもその後の漫画の作り方のベースになるような気がしていたので、生半可な姿勢でやるとその癖が抜けなくなるなと思いました。
なので作品だけじゃなく、自分の作風も作るつもりで、描いてはやり直し、描いてはやり直しを延々繰り返してました。描きながら気づいた事や、わかった事なんかを紙に書いて、部屋中に貼って、自分で作ったルールでどんどん自分を縛っていきました。それが個性や作風につながるかなと思って。そんな気持ち悪いことをやってたんで完成までに異様に時間がかかって、多分半年近くやってましたね。辛かったけど一作目と違って、全部覚悟した上で取りかかっていたんで、その差は大きかったと思います。何というか腰が座ってました。それが何とか月例賞に引っかかった「だんでらいおん」ですね。


「だんでらいおん」」受賞時の発表ページ。
工夫の成果で、この時からギャグやセリフ回しといった空知先生の強みが評価されている。

 

◯今「だんでらいおん」を読むとどう感じますか?

空知英秋

空知
先生

くどいですね。台詞に頼りすぎです。

 

◯新人の頃の自分に、今ならどんなアドバイスをしますか?

空知英秋

空知
先生

台詞だけじゃなくもっと絵と演出も利用した場面作りを心がけましょう。

 

◯一人で漫画を描くことの大変さは、どうしたら乗り越えられるでしょうか?

空知英秋

空知
先生

やっぱり創意工夫じゃないですか。週刊連載はありとあらゆる知恵、時には卑怯な手を駆使しないととても乗り切れないんで。一人での漫画制作はその特訓に最適ですよね。
たとえば背景なんて馬鹿正直に全部のコマに描いてたら、スタッフが何人いたって間に合いません。じゃあどこを抜いて、どこを描くのか。どの角度で描くのが楽なのか。それでホントに伝わるのか。そういう工夫を凝らすことが必須になってきますから。プロになってスタッフさんがつく前に、そう言う経験を積んで思考を鍛えることって後々大きな財産になる気がしますけどね。結局人間は極限まで追い詰められないと、知恵を絞り出さない生き物なので。

 

◯新人作家さんからは、「今描いているものがつまらなく感じてきたので書き直すべきか」という質問をよく受けます。漫画は独りで黙々と描いている期間が長いので、だんだん不安になってくるのが原因だと思いますが…空知先生ならどんなアドバイスをしますか?

空知英秋

空知
先生

そもそも締切りが来る瞬間まで、作品を推敲して研ぎ澄ましていく作業こそが漫画作りだと思うので、つまらなく感じるのもやり直したくなるのも当たり前の事だと思います。面白くなるなら何度でもやりせばいいんじゃないですかね。ただし企画と締め切りを守れる範囲内で。そこはひっくり返さない方がいいですね。あくまで今描いている漫画の企画内、設定内、枠内で、どうしたら今より面白くなるか考える。そして締め切りが来たらどんなに直したくてもそこでペンを下ろす。そこの枠を越えるやり直しはキリがないし、つまずく度にちゃぶ台返しをする逃げ癖がつくのでやめた方がいいと思います。

 

◯同じく、新人作家さんから「自分の画力がイメージに追い付かずなかなか手が進まない・描いていてつらい」という相談もよく受けます。空知先生ならどんなアドバイスをしますか?

空知英秋

空知
先生

心配しなくても自分の絵に満足する日なんて多分来ないんで、というか満足したらもうそこで終わりですから、存分に苦しみながら描き続けてください。

 

 

空知先生、ありがとうございました!
現在募集中の漫画賞はこちら!→募集一覧へ

  1. 『銀魂』空知英秋先生インタビュー

空知英秋先生 sorachi hideaki

漫画家。第71回天下一漫画賞佳作受賞で『だんでらいおん』が佳作受賞。2004年〜2018年、週刊少年ジャンプで『銀魂』連載。

PICK UP