【第1回】キャラクターとはベクトル(矢印)である 『食戟のソーマ』附田祐斗先生による「ジャンプの漫画学校第2期」講義

昨年行われた新人作家を対象とした「ジャンプの漫画学校」第2期、特別に「食戟のソーマ」原作の附田祐斗先生の講義を、質疑応答までフル収録の全3回で公開します!
※この講義は2021年10月29日に「ジャンプの漫画学校」第2期受講者を対象に行われました。

2022/07/11


附田祐斗

附田
先生

『食戟のソーマ』(附田祐斗・佐伯俊)の原作を担当しておりました附田です。本日は宜しくお願い致します。

編集者 齊藤

齊藤

附田先生は2006年に「週刊少年ジャンプ」の新人漫画賞に受賞し、2010年に『少年疾駆』で連載デビューを果たします。その後原作者として2012年『食戟のソーマ』の連載を始め、ご存じの通り大ヒット作品に。今回の講義では、物語作りで附田先生が意識されていることをまとめて頂きました。さっそくですが…このスライドは何でしょう?

附田祐斗

附田
先生

これは新人の頃、僕が担当編集から言われていたことを表したものです。

 

 

当時は、その意味を表面的にしか分かっていませんでした。しかし漫画家を続けて「こういうことなのかも」と閃いたことがあります。それがメインテーマです。

 

 

「ベクトル」は数学や物理で出てくる言葉ですが、僕はネームを作る際、「ある点から始まって、ある方向へ走るエネルギー」という意味で使っています。ではこのベクトルを『ONE PIECE』(尾田栄一郎)を例に図にしてみましょう。

 

 

主人公・ルフィが海賊王に向かう矢印に対して、「カナヅチは海賊になれない」などの逆向きの矢印がぶつかります。その際に摩擦が生まれ、それで物語が面白くなるということです。

言葉にすると当たり前ですが、なぜこれを説明したかというと…ネームが「なぜ詰まるのか」の参考になるからです。困った時に思い出すくらいのものですが。ネームに詰まってパニックの時、「いいアイデアよ、降りてこい!」は時間の無駄です。そんな時にベクトルのことを思い出して下さい。

では、次にベクトルについて詳しく説明していきます。

 

 

先ほどの「海賊王になりたい」がルフィの欲望であり、進む目的です。矢印があるから物語も先に進み、逆にルフィが「海賊王なんて、別にいいか」となったら、『ONE PIECE』は始まりすらしません。担当編集の言う「主人公が物語を動かす」が理解できたのは、この矢印によって物語が進む感覚を掴めたからです。漫画に推進力が生まれるイメージですね。

編集者 齊藤

齊藤

附田先生が「ベクトル」の存在に気付いたきっかけは何でしょうか?

附田祐斗

附田
先生

京都精華大学で講師をされている、さそうあきら先生(『神童』『トトの世界』など)の『マンガの方法論 超マンガ大学』という本です。そこで「物語の推進力」という考えを知り、それを「矢印」という言葉で理解できたことがきっかけですね。

 

 

『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平)も『ブラッククローバー』(田畠裕基)も、1話目でしっかりと「この主人公の物語についてきてね!」と見せています。これがあるからデクやアスタに逆ベクトルの障害がきても、読者は乗り越えて欲しいと思うし、乗り越えたら嬉しいと感じます。

 そして「応援したい」は、悪と呼ばれるものでも成り立ちます。『ルパン三世』(モンキー・パンチ)がそうですね。現実と照らし合わせると犯罪者ですが、予告状を出して警備をかいくぐってお宝をゲットする…エンタメにするとスカッとしたり、カッコいいんです。

編集者 齊藤

齊藤

『DEATH NOTE』(大場つぐみ・小畑健)の夜神月もそうですね。

附田祐斗

附田
先生

まさしくそうです。読者は1話目を読んで月の気持ちが分かってキャラも好きになっているから、彼が殺人者でも応援したくなります。そして先ほどの例では長編のバトルもの2作品を挙げましたが、1話完結のギャグやコメディ作品でも主人公のベクトルは存在します。

 

 

『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治)だとこのような感じです。読者は矢印同士の摩擦を楽しむので、両さんの企みが失敗しても面白いし、逆に失敗するから愛されるところもあります。バトル漫画でも時々、負ける回がありますよね。勝った方が気持ちいいけれど、読者にとって一番楽しいのは摩擦の部分なんです。

 日常モノは『サザエさん』(長谷川町子)、『ドラえもん』(藤子・F・不二雄)、『よつばと!』(あずまきよひこ)などですね。『サザエさん』の欲望って何?…と考えると、「日々を楽しく暮らしたい」です。毎日のトラブルに対処することが物語になるんですね。

編集者 齊藤

齊藤

摩擦を作ると、主人公が窮地に追い込まれたりするわけで…ネームを描くのが大変になりませんか?

附田祐斗

附田
先生

逆に摩擦がないと進みません。いい摩擦があると、主人公が「こっちだ!」と走り出してくれます。ネームに詰まっている時は摩擦がない場合が多いですね。

編集者 齊藤

齊藤

意識的に摩擦を発生させる方がいいということですね。

附田祐斗

附田
先生

スポーツ漫画は「全国優勝を目指す!」だけである程度進むのでフォーマット化されていますね。トーナメントも優秀です。あらゆるキャラクターの矢印が上に向いているから、必然とぶつかります。昔のジャンプで言われていた「盛り上げるならトーナメントを」は、フォーマットとして優秀だからなんですよね。

 

 

次は『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)を例にキャラクター配置を図にします。

 

 

周りのキャラクターは多いですが、いずれも立場と矢印がはっきりして、簡単に図にできます。主人公・ゴンと一番対立するのはミトさんで、ここが第1話の一番の摩擦です。そして注目して欲しいのが左上の村人たちです。彼らはモブですがゴンの夢やこれまでの努力を知っているから注目するし、ゴンが冒頭でヌシを釣り上げたら野次馬に来ます。ちゃんとモブからも矢印が出ているんです。
 あとはベクトルの目的地として存在するキャラもいます。右上のジンは1話目では登場しておらず、ジンからの矢印も出ていませんが、彼がいないとゴンの矢印が出てこないんですね。『僕のヒーローアカデミア』のオールマイトもこれに近い存在です。デクの師匠でありつつ、デクが目指すべき矢印の先でもあります。

編集者 齊藤

齊藤

『HUNTER×HUNTER』の例だと、カイトがオールマイトの役割でしょうか。

附田祐斗

附田
先生

まさしくそうですね。カイトはジンとゴンの間に立ち、ジンを目指すためには超えないといけないという、物差しにもなっているんですね。

編集者 齊藤

齊藤

「ハンター」という漠然とした目的をカイトという魅力的なキャラクターで具体的に見せているから、読者は「主人公はこんなカッコいいハンターを目指すんだ」と1話から応援できて、さらにジンによって大きな目的を示しているんですね。

附田祐斗

附田
先生

『ONE PIECE』のシャンクスもそうですね。「海賊王」がどういうものか読者は知らないけれど、「シャンクスよりすごい存在」ということで読者に伝わります。

…このようにキャラクターにはそれぞれ矢印が発生しているので、整理すればネームもすっきりします。

 

 

こちらも『HUNTER×HUNTER』からです。主要キャラ4人はそれぞれハンターを目指していますが、欲望の種類が違います。主張が違うとキャラクター同士をこすり合わせることができます。右上のレオリオとクラピカの対立は分かりやすい例ですね。

 僕の初代担当・中路さんはよく「キャラをこする」という言い方をしていて、僕はそこで「摩擦があるといいんだ」と気づきました。そこでもう1つ、架空の漫画で説明します。

 

 

上の3人だけでそれぞれのキャラクターが見えてきますね。そして主人公の勇者が「急ぎと慎重、両方同時にやろう」「いっそ魔王にここに来てもらおう」とか予想外の案を出したら、3人も読者も「どういうこと!?」となって、これだけで1話作れそうです。

編集者 齊藤

齊藤

あくまで同じ目的に対して、4人それぞれ違うベクトルを作るということですね。

附田祐斗

附田
先生

そうです。推進力の向きが確定しているから、ぶつかり合いつつも全員が同じ方向に進むんです。

第2回へ続く

  1. 【第1回】キャラクターとはベクトル(矢印)である
  2. 【第2回】ネームが組めないときは
  3. 【第3回】質疑応答

附田祐斗先生 tsukuda yuto

漫画家。第34回ジャンプ十二傑新人漫画賞で『牙になる』が十二傑賞受賞。2012年〜2019年、週刊少年ジャンプで『食戟のソーマ』原作担当。

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