【第3回】物語を優先すると戦術に矛盾が生じる 『ハイキュー!!』古舘春一先生に聞いてみた

「試合が始まる時は展開をほぼ決めていない」古舘先生。それでも熱い展開が生まれる理由とは?

2021/10/07


編集者 東

試合が始まる時に、古舘先生はよく「内容は何も考えてない」とおっしゃっていました。それでもある程度は決めている部分があったかと思うのですが……。

古舘
先生

そうですね…最後の春高での烏野対音駒では、研磨が「たーのしー」と言うのは、最初から前フリとしてあったので決めていて。そこに行きつく直前のプレーは、試合をやるずっと前から、なんとなく考えていたかな。最後に日向がフェイントして、研磨がフェイントを読んで、急遽ロングプッシュする……というのは、椿原学園戦でやっていたプレーを研磨がインプットしていたという伏線があるので、その辺りから考えてはいました。

編集者 東

黒尾の前に月島が立って、それ越しに山口がいたりするじゃないですか。

古舘
先生

ああ、サーブ&ブロック。

編集者 東

ああいう構図は最初からイメージとして浮かんでたりするんですか?

古舘
先生

いや、あそこはそんなに(笑)。

編集者 東

(笑)。

古舘
先生

絵面としては、あんまり先に決めておくことはないです。

編集者 東

ストーリー上のポイントは浮かんでいても、どういう絵にするかは浮かんでいない、ということでしょうか?

古舘
先生

絶対にこの構図にする、というのは……ある時もある(笑)。

編集者 東

それはそうですよね(笑)。例えば、研磨と日向が短剣でやり合うようなシーンは、どのタイミングで考えたんですか?

古舘
先生

あれはプロットを立てながら、その週の作画中でしたね。あと鴎台戦で日向が昼神の「1秒を奪う」のところで、試合を観ていた青根が昼神と同じ動きをして椅子を倒しちゃうというシーンは結構前から考えてました。ただ、あそこはもう少しカッコよくするつもりだったんですけど。

編集者 東

今、反省してるんですか(笑)!?

古舘
先生

あの時は一番進行がヤバい時だったんですよね(笑)。椅子を倒すことは最初から決めていたんですけど、もうちょっとカッコいい演出になるはずだったんです。

編集者 東

今のでも十分にカッコいいと思いますけどね。

古舘
先生

椅子がスローモーションで倒れて、その後ボールと田中がグワッ!みたいな感じ、もうちょっと上手く描けたのでは、と。

編集者 東

時間の表現は難しいですよね。

古舘
先生

まあでも、あのシーンは絵として浮かんでいました。

編集者 東

試合を描く時は、最初のローテーションから決めていましたよね。回る順番によって誰が誰とぶつかって、というシミュレーションは、どの程度までされていましたか?

古舘
先生

一応、頑張ってできる限り先のことも考えようとはするんですけど、無理なんですよ(笑)。理想は「盛り上がりに合わせてこの組み合わせになるように仕込んでおこう」とか最初に考えられたらいいんですけど、たぶん何日もかかってしまうので。
だから結局は「ホントの試合をやるとしたらこれで始める」というローテにすることが多かったです。S1という、セッターが後衛の一番最初で始まる、攻撃が前3枚の一番王道なフォーメーションで始めるか、サーブが強い人を優先するとか、物語ではなくはバレーを優先で決めることが多くて。それで、途中で後悔することもあります。「あっ、このキャラが出てるときは日向がずっとベンチいるわ」って。

編集者 東

特に日向はミドルブロッカーで交代が多いですからね。

古舘
先生

そう。「日向いねーし!」ってなる時もある(笑)。

編集者 東

どうしても、日向がベンチで「旭さんカッケー!」って言ってる時にいいシーンが来ちゃう時もありますからね。

古舘
先生

そうそう。でも、物語優先でローテ組むと色々ダメなとこが出てくるんですよ。例えば「稲荷崎高校の尾白アランにブロックが弱い人しかつかない」みたいに。物語を優先すると戦術に矛盾が生じるんです。

編集者 東

「烏養コーチ、何考えてんだ」ってなりますね。

古舘
先生

結局、試合に合わせたほうが上手くいきますね。

編集者 東

そのほうが説得力が増すんでしょうね。

古舘
先生

試合の流れも不自然にならないですから。よっぽど話を作るのが上手な人でもなければ、先の先までを考えて出し惜しんだりはしないほうがいいですね。

編集者 東

以前インタビューでうかがった、松井(優征)先生の「ずっと先々までのプロットを決めておく」作劇とは真逆ですね。

古舘
先生

松井先生みたいな作り方ができる人はそんなにいないですよ!

編集者 東

稀有ですよね。「先が決まってるほうが楽なのはわかっているけど…」という人のほうが多い気はします

古舘
先生

そうそう。

編集者 東

S1だと、試合は影山のビッグ・サーブから始まりますから、ボルテージが上がりますね。

古舘
先生

そうですね。ただ、『ハイキュー!!』のセッターはサーブが強いキャラばかりになってしまったのは反省点かもしれない。そのほうが烏野がピンチになりやすいんですよね。前攻撃3枚で、さらにセッターがサーブ強いと攻撃力が高い状態になるので。あと、もしかしたら、一番最初に取材した東亜学園さんのセッターがすごいサーバーだったから、それがインプットされて引っ張られたのもあるかもしれません(笑)。

編集者 東

現実の凄さが漫画に影響を与えたんですね。

第4回へ続く

  1. 【第1回】取材は雑談が大事
  2. 【第2回】「漫画でやったらカッコよさそうなもの」を参考に
  3. 【第3回】物語を優先すると戦術に矛盾が生じる
  4. 【第4回】たどりつきたい絵を決める
  5. 【第5回】コマ割りは、大きいのも小さいのも限界を探すところから
  6. 【第6回】キャラクターはボケかツッコミか
  7. 【第7回】現実の人は参考にしない
  8. 【第8回】キャラは大事だけどスタートでなくてもいい
  9. 【第9回】『ハイキュー!!』にイヤなやつがいない問題
  10. 【第10回】「ここに向かって来たんだな」という作品を

古舘春一先生 Furudate Haruichi

漫画家。2008年第14回JUMPトレジャー新人漫画賞で『王様キッド』が佳作受賞。2012年〜2020年、週刊少年ジャンプで『ハイキュー!!』連載。

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